前回のエントリは2020年1月、このポートフォリオを公開したときのものでした。かなり時間が経ってしまいましたが、今回は「はじめて」をテーマに4つのプロジェクトを追加したので、当時考えていたことを振り返りながら編集後記を書いてみます。
Mr. CHEESECAKE

通常、3-6ヶ月の期間で CI / ロゴを制作する弊所にとって、はじめて2年超という長いお付き合いとなったプロジェクトです。
デザイナが「ブランディングする」と言うのはたやすいことです。しかし、1つの企業に半分身を寄せて携わってみると「ブランド」を作るために、たくさんの人たちが日々奔走している姿を目の当たりにして、なかなか実績として掲載できずにいました。
それでも、2年間さまざまな制作を担当し、インハウスにデザイナが加わり、事業の状況としても何を残して何を変えていくかを振り返るタイミングだと思ったので、いくつかの事例を抜粋してアップデートしています。

なかでも印象的だったのは、昨年12月のセブン-イレブンさんとのコラボレーションです。これまでも全国流通する商品のデザインを担当する機会はありましたが、今回は店舗数・販売数が桁違いでおののきました。Mr. CHEESECAKE にとっては初めての共同開発・販売だったので、ここでいつものトーンを踏襲できれば、今後のコラボも自由度が高まるという意味でも大事なプロジェクトでした。
青山ブックセンター (ABC)

私とデザインの出会いは約10年前、大学のフリーマガジンサークルでした。そして、そこへ引き入れてくれた先輩に連れて行かれたのが青山ブックセンター (@Aoyama_book) です。デザインに関する知識が皆無だった私は、「世の中にはこんなにデザインの本があるのか!」と衝撃を受けました。
大学卒業後も、アイデアや表現に悩むたびお店に足を運んでいたので、山下店長 (@YamaYu77) からの連絡に「なぜ僕に? (他に快諾してくれそうな著名デザイナがたくさんいるのに…)」と震えたことを覚えています。ABC には30年以上の歴史があります。そして、私にとっては20代最後の制作となります。失敗するくらいなら引き受けたくない、そんな少し後ろめたい気持ちで取り掛かったプロジェクトでした。
20代前半、ベンチャーキャピタル『ANRI』の CI を担当したとき、「イノベーション」という大きなテーマをコンセプトに据えて代表の佐俣アンリさんに臨みました。このときの経験が、今の制作スタイルを形づくっています。
20代最後、もっともっと直球を投げたい、そのためには1番大きなテーマ「本」で勝負するしかない。絶対にミスをしたくない私は、「スケジュールが埋まっている」とほらを吹き、半年近く秘密裏に試作をしていました。

ちょうどその頃、まっすぐに大胆で、だけど随所にユニークネスを効かせた韓国のグラフィックデザインに関心を持っていました。東京に慣れてしまった身ではなく、漠然と東京やデザインに憧れを抱いていた、あの頃の気持ちに戻ってみたくて、地元の沖縄とソウルで制作期間の大半を過ごします。そうして迎えた初回提案、同席していた十数年勤める書店員さんから、一言「いいですね」と言葉を頂いてからは覚悟が決まり、無我夢中で完成形へと仕上げました。
元のロゴを堅実にリファインして無難に落としどころを作ろう。そう思ったことも何度かあります。だけど、これほど歴史のある書店の顔を私に託してくれた気持ちを思うと、次の10年、20年に繋げられるものを残したい。腹をくくって挑んだ今回の制作は、20代の自分の集大成であると胸を張って言えます。
明け方の若者たち

作者のカツセマサヒコさん (@katsuse_m) にとっては小説家としてのデビュー作品、私にとっては初のコロナ禍、初の装丁、初の映画版タイトルと、はじめてづくしのプロジェクトです。
カツセさんとはその1年前、友人のヤンスくん (@yansukim) と代々木公園でお花見をしたときに、「いつかお仕事したいですね」と挨拶したときぶりの再会でした。まさか、クリエーティブ業界の社交辞令が現実になるとは。

時は初の緊急事態宣言まっただなか。リサーチのために書店に行くこともままならず、売り場を見て完成した本が置かれた姿を想像することもできません。初めての装丁デザインとしてはかなり苦しい状況です。
それでも、『分離派の夏』の CD や大型広告、前述の『Mr. CHEESECAKE』パッケージなど、過去の経験から想像力を活かすことができて、1つ1つは独立したプロジェクトでも、繋がっていくものがあるんだなあと思いました。なにより、カツセさんと編集者の黒川さんと私、三者が違う立場のプロフェッショナルとして話し合いながら、1冊の本を作っていく体験が新鮮でとっても楽しかったです。
光栄なことに、この事務所で仕事をしていると、企業や人の新たな門出に立ち会う機会が多々あります。そして、みんながものすごい速さで駆け抜けていって、もう自分とは違う世界に行ってしまったような気分になりますが、それでも一歩一歩、自分のペースで進みながら、また誰かの大切な瞬間に必要とされる存在でありつづけたいと思いました。
10X

10X 代表の矢本さん (@yamotty3) とは、同社の創業直前から定期的にお話をしていて、いつか CI 制作の相談が来たときはまずは1つ、アイデアをぶつけてみたいと思いながら原案を膨らませていました。
日本のスタートアップでも “X” を用いた社名が増えるなかで、シンプルかつ印象的に “X” を象徴としてまっさきに使いたい。そのために、同社が掲げる「非連続性」を “X” で表現したい。―― ここまでの制作方針は、それほど難なく立てることができました。
しかし、非連続的な跳躍というものは、まったくの無から生まれるものではなく、日々の改善努力の延長線上にあるはずです。2倍でも5倍でもなく「10倍」を掲げる同社にとって、「連続性」を描くことこそが「非連続性」を際立たせるのではないか ―― ここで長らく表現にぶつかっていました。

そんなとき、大活躍したのがアシスタントの小柴くん (@ririridesign) です。昨年の春にケルンに参加し、このプロジェクトが初の実戦投入でした。2人で色々な「10」を試作していくなかで、目に留まったのが最終的に採択された案 “Unified” です。
それまで、彼には主に決定したデザイン案の仕上げ作業をサポートしてもらっていましたが、このプロジェクトではコアコンセプトを起点に、自分では考えつかなかったであろうアイデアをたくさん生み出してくれました。
彼とは目下、来年に公開されるプロジェクトの制作中で、今まで自分ひとりでは思い浮かばなかったり、作ることのなかったデザインがたくさん世に放たれる予定です。楽しみにしていてください。
2021年の総括

このエントリの前に、新型コロナウイルスの流行を受けてのお知らせを出しました。あれから約1年、社会は元の世界に戻るどころか、色々な問題が顕在化、悪化しているようにすら感じます。
2017年の独立直前、この事務所は CI、中でもロゴを中心としたアイデンティティのデザイン1本でやっていきたいと同業の年長者の方に話したとき、「規模が小さいうちから仕事を絞るのはリスクが高い」と助言を頂きました。そのときは「チッ!!!」と思いましたが、この1年を振り返ってみると、その人が言うことは圧倒的に正しかったです。
それでもなお、ロゴを作るために机に向かえば、色々な煩悩を捨て去ることができます。やっぱり自分はこれ以上に熱を注げることはない、と痛切に感じた1年でもありました。もしもこの先10年、今と同じ熱量を持って作りつづけることができたら、どんな世界が見えるんだろう?最近はそんなことばかり考えています。
そして同時に、アシスタントの参加と躍進によって、自分ひとりで作りつづけることの限界を予期した1年でもありました。私はこれまで、パートナーの方々の想いを歪なく意匠にするためには自分が考え、自分で形にするのが最善の手だと信じていました。だけど、より良いものを提供するために、ささいな意地と手段は躊躇なく捨てていこうと思います。

kern の由来 ー ドイツ語で「核 (コア)」を表現するためにもっとも大切なのは、「歪みなく」描き出すことがポイントです。そのためには私自身がもっと社会を、事業を、デザインを知り、責任を持って選びとり、考えつづける必要があるでしょう。長く使われうるものを作る身として、耐久力のある思考力と、それに負けない表現力をチームとして身に付けていきたい、そう心から思えた実りある年でした。
ポートフォリオの更新を終えて、改めてすべての制作物をひとつひとつ見返しながら、この事務所は本当に素敵な事業や作品との出会いに恵まれているなあと感じます。4つの制作について1つのエントリで語りだすと、これほど長文になってしまうのかとすこし後悔していますが、これからも喋り足りないくらいに想いを込めたデザインを20、40、60とお見せできるように頑張っていきます。




